

元祖エレクトロ・ポップにして80年代ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ最高のアイコン。その素朴なエレクトロ・サウンドには80年代の音がぎっしりと詰まっている。
80年代の"ブリティッシュ・ニュー・ウェイヴ"を語る上で欠かせないのがゲイリー・ニューマンだ。シンセサイザー、コンピュータを駆使したサウンドはエレクトロ・ポップと呼ばれ一世を風靡し、OMD(オーケストラ・マヌーバース・イン・ザ・ダーク)、ヒューマン・リーグといったグループと共に次々とヒットを飛ばし大きなブームを作り上げた。
ロンドンのハマースミスで生まれたゲイリーはポール・ガーディナーらとチューブウェイ・アーミーを結成し、パンクとクラフトワークの融合した世界を目指した音楽性で活動を開始するとすぐにデモ・テープがベガーズ・バンケットに認められデビューを飾る。そしてセカンド・アルバム『レプリカス』が全英チャートを駆け上がる大ヒットとなり、さらにゲイリー・ニューマンの名義で発表した『プレジャー・プリンシプル』も大ヒットし、レプリカントを連想させるゲイリーのキャラクターと重なってエレクトロ・ポップ・サウンドは一大ブーム現象となる。とくにシングル「カーズ」はイギリスのみならず世界的なヒットとなり、結果としてこうしたゲイリー(チューブウェイ・アーミー)の成功がインディとしてスタートしたばかりであったベガーズ・バンケットの大きな土台を作り、さらに傘下のレーベルとして4ADを設立する余裕が生まれたのだった。
ブーム的な現象は去ったものの、一貫してイギリスでの人気は根強く、また90年代以降になるとナイン・インチ・ネイルズ、マリリン・マンソン、スマッシング・パンプキンズといったアメリカの人気グループらが、その影響やリスペクトを示し再評価の波が高まっていった。日本でもニュー・ウェイヴ・リバイバルの流れの中で、改めてこの人の作り上げた音の重要性が認識されていくはずだ。


